真の男女平等とは

オピニオン

※この記事は以前noteのマガジン「丸裸のアイ」にあげた記事を一部修正・加筆したうえで転載しています。

 

とあるアニメの主人公はこう言いました。

「真の男女平等主義者な俺は、女の子相手でもドロップキックをくらわせられる男。」

出典『この素晴らしい世界に祝福を!』(おもしろいですよ)

 

果たしで女の子にドロップキックを食らわせることは男女平等と言えるかはともかく、このセリフが「真の男女平等とは?」について考えるきっかけになりました。

 

男女平等について激しい議論に

夫と買い物に出かけたある日、夫が「女性ってセールが多くて良いよね。今の時代男性も女性も同じくらい稼ぐのに、女性向けのセールばっかじゃん」とこぼしました。

 

この意見に対して同意する人も多いかと思います。でも反対に「それの何が悪いの?」と思う人もいるでしょう。私も「何が悪いの?」派でした。

なぜ女性を対象にしたセールが多いのか、マーケティングの目線でとりあえず夫に説明。

 

・女性の方がお得が好き

・女性の方が購買意欲が高い

・女性はいつも物入り

 

この説明を受けても夫は納得がいかないようで、「いやいや、男性だって」の繰り返し。

女性「女性だって仕事に育児にって二足のわらじを履いてがんばってる人がいるんだよ。給料も昇進も、まだまだ男性優遇のところ多いし」

男性「男性だって育児に参加してるじゃん。なんで女性ばかり優遇されるの?何が男女平等だよ。女尊男卑じゃないの?」

こうして私たち夫婦は男女平等について口論になったのでした。

 

(家庭によって育児参加率が違うので、一概にこうとは言えない部分があります。どちらの意見が正しいかなんていうのは、その家によって違うでしょう。)

 

忘れないでほしい、男女差別の時代

現代社会がどうなのかはわかりませんが、紛れもない事実として「男尊女卑の時代があった」ということは忘れないでほしいです。

 

・男は学校で教育を受けられるが、女はすぐに花嫁修行

・男は仕事、女は家事育児

・子供を産み育てることが女の幸せ

 

これだけで男尊女卑になるわけではありません。

「男の方が優れている。女は男の言うことを聞けば良い」…こうした考えが蔓延していたのが、男尊女卑の時代なのです。

 

ただ、昔の生き方が本当に幸せなことだと感じていた女性がいるのも確かです。家で子供を育てながら夫の帰りを待ち、陰ながらに支える女性たち。自身の生き方に堂々と胸を張れる女性たちです。

 

生き方が多様化していく中で「なんでこう生きなければならないの?」と自分の前に敷かれたレールに疑問を持ち始める女性が増え、レールから外れる女性も増え、そして現代につながっています。

 

現代を生きて男女平等を叫ぶ人には、昔は男女差別の時代があったこと、だからこそ今こうして「平等」の声が強まっていることを忘れてはいけません。

…とは言っても、我が夫にとっては「そんなの昔の人がやったことだから、自分には関係ない」のだそうですが…

 

男と女はイコールになれない

夫との口論は「男女平等が進めば、メンズデーも増えるかもね」と当たり障りないところに落ち着きました。

 

ですが、結局「男女平等」とはなんなのでしょう?

男も女も平等に仕事と給料が与えられ、育児参加率も同じで、同等に生きられる権利のことでしょうか?

 

残念ながら、男と女がイコールで繋がる時代は決して来ないと思います。

女性は子供を産むことができるけど、男性は産むことも、自分の乳でミルクをやることもできないからです。男性が出産時の痛みを感じることもなければ、乳を愛しい我が子に吸われる感覚も味わえません。

私たちは生まれながらにして不平等な体を持っているのです。

 

仕事の拘束時間も人によって違います。フルタイム正社員の男性とパート勤務の女性が結婚したなら、明らかに女性の方が時間に余裕があります。働く時間も内容も違えば、もらえる給料も違うでしょう。

この点については男女逆でも言えることですが、すべての生活習慣がまったく同じの男女が結婚し、結婚後もその生活を長年続けることはごく稀でしょう。

 

私が思う「真の男女平等」とは

「男女平等」が声高らかに叫ばれていますが、レディースデーを増やしても、男性の勤務時間を減らしても、それが男女平等のための施策だとは思えません。

 

女性の方が勤務時間が短いのなら、家事の配分が若干高くても納得がいきます。

男性の方が給料が高いのなら、生活費を若干多く出すのも納得がいきます。

朝の時間に余裕がある方が、子供を保育園に送るのだって納得がいきます。

 

これは「男性だから」「女性だから」の垣根を超えた「できる方がやればいい」というだけの話なのです。

 

生物学上の差はあっても、普通に生活してその差を意識することは少ないはず。

私が思う真の男女平等とは、自分や相手の性別を言い訳にしない生き方。そして周りから課される「男性だから」「女性だから」の期待(言い換えれば呪い)に流されない芯の強さのこと。

 

人間だから、夫婦だから、同じ職場の人だから、こうして協力しましょう、という生き方が最も平和なのではないでしょうか。