「ぼっち」という呪いと祝福

オピニオン

※この記事は以前noteのマガジン「丸裸のアイ」にあげた記事を一部修正・加筆したうえで転載しています。

 

私は昔から人よりちょっと目立つのが好き。フィリピン人だからか、小学生のときから目立つ存在でした。

でも中学生になると悪目立ちしていじめられたし、高校生でも私を遠巻きに見る人が、冷やかしの目を向けてくることに気付いていた。

 

人気者ではない。才能があるからでもない。ただただサーカスの見世物小屋にいる変な生き物を観察しておもしろがるような、そんな視線を向けられて、悪い意味で目立っていた。

 

でも、目立っていた。そこらの人より有名だった。だからそれで良いと思った。

 

SNSでも目立ちたい

目立ちたい欲が強い私はいろいろなSNSにも手を出しました。モバスペ、アメブロ、Twitter、Instagram、Tiktok…でも思うようにフォロワーは増えなくて、何度も挫折。

 

唯一まともにフォロワーがついたのがTwitter。だからTwitterでも「ちょっと有名な人」になりたいと思ったんです。

 

私が本格的にTwitterを始めたのは、Twitterを使ったマネタイズが大ブームの時期。フォロワーの多い人がnoteで「Twitter攻略法」を執筆して販売したり、ポルカでお金を集めたり、オンラインサロンを開いて継続収入を得たり。

私もそうした舞台に立ちたい。ちょっと有名な人でいいから、影響力をつけてドヤ顔したい。

 

忌々しい実力者たち

そうしてTwitterに取り組んでる時期にやたらと目につくのは、私より後にひょっこり出てきて、悠々と私を越えていく人たち。

いろいろ勉強しながら数ヶ月運用してもまだフォロワー1000人にも満たない私にとって、1ヶ月でフォロワー5000やら、Twitter運用初月30万の収益やらを打ち出してくる輩が出てきたんです。

 

正直言うと、忌々しいったらない。

 

私の努力の方法が間違っているのかも。努力量が足りないだけかも。

相手にはすでに実績があるからかも。最初から正しい方向で努力しているからかも。インフルエンサーと仲が良いからかも。

そんなことはわかってる。でも、とにかく腹が立つしイライラするのです。

 

「この実力者には、私の気持ちや苦労なんて、絶対にわかるわけない」

 

実力者のことをすごいって思う気持ちより、忌々しい気持ちの方が強い。

 

「ぼっち」の呪い

実力者たちを前にした私は「この人たちと私じゃ違うし。実績も、行動量も」って「私が抜かされる正当な理由」を見つけては気にしないフリ

でも、一時期は何しても思うように伸びず、一方で実力者は伸びていって、どんどん差がつけられる。私と同じペースで伸びていた人でさえも、私を抜かしてしまった。

 

私の中に押さえ込んでいたドス黒い負の感情が霧のように私の体を包み込み、目の前が真っ暗になりました。

 

なんで私を見てくれないの

なんでフォロー外すの

なんで私はできないの

なんで私はこんなに苦しまなきゃならないの

 

目立ちたいと願っていた私が目立てないと知ると、涙が溢れて止まらなくなりました。何度も何度も何度も何度も辞めたいと思った。けどそこで引きたくなかった。辞めたいのに辞められない、涙が溢れる理由は、私なりに努力してきたから。

 

今思えば小中高の頃から私は目立っていたけど、いつもぼっちでした。友達はいるけど親友じゃない。引っ張っても千切れないけど、ハサミでチョキンと切れる程度の関係。

 

なんとなく気付いていたし、自分の資質チェックしたときに「ぼっち力」なるものを見つけて意識するようにもなった。私には大昔から「ぼっち」の呪いがかけられていたんです。

 

忌々しい実力者たちはいつも仲間に恵まれている。私がどれだけがんばっても、体を預けられるような仲間ができない。まるでぼっちの神様から「お前には無理」って言われてるみたい。

 

「ぼっち」の祝福

嫉妬です。これは悪目立ちだけしてぼっちになった私から、本当の意味で人気者になった人たちに対する嫉妬です。

「お前の努力量が足りないんだろ」「こんな事書くとかダセェ」「どうせかまって欲しいだけだろ」って思われる。

 

でも、私は同情してほしいわけでも、「ひとりじゃないよ」なんて無責任な言葉をかけてほしいわけでも、応援してほしいわけでもない。これから下克上してやるなんて気もない。

 

ぼっちの神様がいるのなら、私はそいつから呪いを受けたと同時に、祝福もされていたようです。

「お前には無理。だから、一人で戦え」

 

たった一人で戦える人間なんているんでしょうか。他人とまったく比較せずに、応援も罵声も浴びず、評価もされず、名声も得ず、努力できる人間がいればそれは承認欲求を無視した変態です。

でも私には祝福があるから、ぼっちでも戦える。そんな気がしてます。

 

でも、やっぱり、怖い。でも、やっぱり、それしか道は残されてないのかも。

開き直りでいいです。それで私の心の平穏が保たれるのなら。

 

この記事を読んだ人は影でコソコソ私のことを言ってもいいのだけど、私に直接言葉をかけるのはやめておこう。慰めようとかしないでおこう。憐れみとかも、「私も同じく悩んでます」もいらないだろう。

ただ静かにそっとしておくこと。それが私みたいなひねくれたぼっちへの対処法です。