「野心」の定義と私の本音。本当は手が届く場所にあるもの

オピニオン

野心を抱えて生きてるJosaです。

このブログではいつも野心、野心と言っております。

サブタイトルも「ミレニアル世代がゆるく野心を叶えるブログ」ですし。

カテゴリーも「野心」とか「欲望」とか何やら心穏やかでない雰囲気。

だけど、日本語に敏感な人は「野心ってそんな意味だっけ?」って違和感がある人もいるんじゃないかなと思います。

じゃあ「野心」の意味と定義をはっきりさせようじゃないかと思い本記事を書かせていただきました!

 

野心の意味→よくない望み?

野心の意味をググってみました。

 

1.ひそかに抱く、大きな望み。また、身分不相応のよくない望み

2.新しいことに取り組もうとする気持ち

3.人に馴れ服さず害を及ぼそうとする心

(出典:goo国語辞書)

 

よく使われる意味としては1番の「ひそかに抱く、身分不相応のよくない大きな望み」です。

これが私の言う「野心」かというと違う気がしますね。

だって「断捨離する」が身分不相応なんておかしな話だと思う人も多いでしょう。

 

じゃあ2番の「新しいことに取り組もうとする気持ち」?

調べた中で一番近いのはこれだと思います。どちらかというと「野心=夢」に近い定義です。

だけど、本当は1番の定義もちょっと入ってたりするんです。

 

私が定義したい「野心」とは

私にとって野心って夢と似たような意味です。野心リストも普通に言ったら夢リスト。

だけどわざわざ「野心」って表現するのは、この言葉に力強さを感じるから。

「夢」っていうとなんだかふわふわしていて、叶うかどうかはタイミングとか環境とか、周りに影響されて変わるような気がするんです。スピリチュアル的な。

 

それが「野心」になるとどうでしょうか!

映画に出てくる悪党がうっすらと笑みを浮かべながら、内に秘めたる炎を燃やすようなイメージに変わります。

「野心」は「夢」よりも自分から掴みに行く、何がなんでも叶えるものという、底から湧き上がる強さを感じます。

 

それに「身分不相応」というキーワードも大切にしています。

だってカフェで読書っていう小さい野心でさえも、家からほとんど出ない私にとっては身分不相応な野心。

つまり、それをやる習慣がない、叶えられるだけの時間やお金がない夢。「さあやるぞ!」と行動しないとすぐに叶えられない夢。

そういう夢は身分不相応の望みのようなものです。

 

そして、そんな野心を叶えたら、自分が身の丈に合うステージまで来れたということになります。

「そのステージまで上がりたい」「夢を叶えたい」と行動的、情熱的になることは「野心」という言葉で表現したくなるんです。

 

ちなみに、すぐに叶えられることは野心じゃなくてタスク。

私、タスクは後回しにしちゃうタイプです。

 

野心を叶えるブログをわざわざやってる理由

野心を叶えるならノートにでも書き留めて自分でやってろよ!っていう声が聞こえてきそう。

確かにノートに書いたら叶いやすいって言うし、実際にノートに書いてるし、わざわざブログなんてやる必要はないです。

正直、壊滅的に飽き性なのでブログだって飽きたらやめるつもりでいます。

 

でも私が野心を持って公開して、叶えてまた公開してを繰り返すことで、このブログを見る100人に1人くらいには影響与えられると思うのです。

野心を持つ→叶える→還元→巡る→私か誰かが野心を持つ…っていう流れが来ると思う。

 

還元するっていうのは、私の欲深さを見て今まであまり欲がなかった人が野心を持ち始めたり、叶えていく過程から勇気とやる気をもらう人が出てきたりということ。

あとはお金がかかる野心もあるから、お金を払った先の人にも還元できます。

私が叶えて、他の誰かも「ちょいとやろうかな」って思うきっかけになる。

「ちょいとやろうかな」っていうのは行動につながる第一歩なわけで、これってかなり重要なことなの。

机に向かう、いや、ふとんから起き上がる。そんな小さな一歩から野心は叶っていくんですからね。

 

それが世界中を巡って、どんどん野心を持つ人・叶える人が出てきて、みんな心が豊かになって、ついでに経済なんかも活発になればって思ってます。

目標は野心を全部叶えて死ぬことです。

もうこれ以上野心が出てこない状態になって、ふと自分の人生を振り返って「やりたいこと全部やったわ。もうこの世に悔いは無い。次はあの世でやりたいことやる」って言って死にたいです。(死んでもまだ野心持つ気でいる)